詳しい沿革

1960年 昭和35年

複写機一号機『ミノルタコピーマスター』(湿式ジアゾ複写機)完成

カメラで培った技術を元に、ミノルタ(当時、千代田光学精工株式会社)は光学関連機器の開発に取り組み始めました。中でもとくに注力したのは複写機の開発です。1960年に第一号機として湿式ジアゾ複写機『ミノルタコピーマスター』を完成。その後も開発を進め、情報化社会の進展に伴って需要を伸ばしていきます。

1962年 昭和37年

米国最初の人間衛星船フレンドシップ7号(グレン中佐搭乗)の飛行に
『ミノルタハイマチック』が採用

1950年代、ミノルタ(当時、千代田光学精工株式会社)は米国のカメラショーに積極的に出展するなど業界に先駆けて海外へ打って出ていきました。この当時、米国とソ連の間では激しい宇宙開発競争が展開中。ソ連に有人宇宙飛行成功の先を越された米国が国の威信をかけて開発したのが、フレンドシップ7号でした。その宇宙飛行の記録役として、NASAは世界中の数あるカメラの中から「ミノルタハイマチック」を抜擢。無事、宇宙での大役を果たしたハイマチックによって、ミノルタの名は日本から世界に広く知られるところとなりました。

1962年 昭和37年

ドイツ・ハンブルク市に初の欧州拠点を設立

コニカ(当時、小西六写真工業株式会社)は、1962年12月、ドイツ・ハンブルク市にカメラ・ヨーロッパ・センターを開設。欧州における製品流通とアフターサービスの体制を整えました。翌年にはケルン市で開催された第8回フォトキナに初出展し、その後欧州への輸出を徐々に増やしていきます。

1971年 昭和46年

高性能乾式電子複写機『U-Bix480』発売

今日広く普及している、普通紙を使用する電子写真複写機(普通紙複写機、PPC)の開発を進めていたコニカ(当時、小西六写真工業株式会社)は、ついに独自技術によるPPCを完成。1970年に晴海で開催されたビジネスショウに出展、翌1971年に『U-Bix480』という商品名で発売して、生産が需要に追い付かないほどの好評を博しました。これ以後、複写機はカメラ、フィルムに並ぶ主力製品となっていきます。

1973年 昭和48年

運転免許証を作成する「さくらカラーIDシステム」全国で稼動

1975年 昭和50年

世界初の連動ストロボ内蔵35mmカメラ『コニカC35EF(ピッカリコニカ)』発売

誰でも簡単に撮れるカメラをとことん追求した結果生まれた、世界初の連動フラッシュ内蔵35mmカメラ『コニカC35EF(愛称:ピッカリコニカ)』。「難しい露出の計算なしに、シャッターを押すだけでいつでも写真を撮りたい」そんな一般ユーザーの根源的なニーズを捉え、カメラ大衆化時代の到来を象徴する大ヒット商品となりました。

1977年 昭和52年

世界初の指先測定型パルスオキシメーター『OXIMET MET-1471』発売

パルスオキシメーターは、動脈血中に含まれる酸素の量(動脈血酸素飽和度 SpO2)を、採血することなく測定する装置です。体内への酸素の取り入れ状況をリアルタイムに検知するため、病院の手術室や集中治療室、呼吸器科の外来などで、幅広く使用されています。ミノルタ(当時、ミノルタカメラ株式会社)は、指先測定型として世界で最初のパルスオキシメーター『OXIMET MET-1471』を発売。以来、開発・製造・販売を続けています。

1977年 昭和52年

世界初の自動焦点カメラ『コニカC35AF(ジャスピンコニカ)』発売

当時行った市場調査の結果、撮影済みフィルムの失敗要因の36%がピンぼけであることが判明。その解消をめざした技術開発によって生まれたのが、世界初の自動焦点カメラ『コニカC35AF(愛称:ジャスピンコニカ)』です。シャッターを押すだけで自動的にピントを合わせてくれるオートフォーカスカメラの登場で、多くの人が写真を気軽に自由に楽しめるようになりました。

1980年 昭和55年

『ミノルタX-7』テレビCM放映(宮崎美子)で大反響

ミノルタ(当時、ミノルタカメラ株式会社)は、操作が簡単でコストパフォーマンスの優れた普及型AE一眼レフカメラ『ミノルタX-7』のテレビCMに、当時大学生だった宮崎美子を起用。CMに使われていた曲とともに大反響を呼び、カメラのヒットに大きく貢献しました。

1983年 昭和58年

世界初、倍率が無段階に選べるズーム複写機『EP450Z』発売

ミノルタ(当時、ミノルタカメラ株式会社)が発売した『EP450Z』は、0.64倍から1.42倍の間で無段階に倍率を選べるズーム機構を内蔵。決まった倍率の拡大縮小しかできなかった複写機の操作性を大きく向上させ、世界的ヒット商品になりました。その他にも自動原稿送りや自動用紙選択などの機能を装備。使いやすさや機能的なデザインが評価され、グッドデザイン賞も受賞しました。この頃から、複写機がミノルタの主力事業となっていきます。