私たちは、150年にわたって
新しい価値を創り続けてきた。
そんな私たちだからこそ、
これからの未来も、創造できる。
当社は、創業以来培った画像の入出力や画像処理を中核とする「イメージング技術」をもとに、
時代の変化を先取りすることで事業の機会を見いだし、新しい価値を世界中の人々に提供してきました。
いつの時代にも社会や人々の課題解決に貢献してきた「当社のDNA」をご紹介します。
価値創造の歴史
1873~1959日本のカメラ・写真フィルムの
基礎を築く

当社の歴史は、カメラ・写真フィルム事業から始まります。杉浦六三郎が25歳の時に写真館で撮影した写真に感動し、1873年4月、曽祖父が立ち上げた薬種問屋「小西屋六兵衛店」で写真材料の取り扱いを始め、独立。石版・写真器材の販売店「小西本店」(後のコニカ株式会社)を開業し、1903年には国産初のブランドつき量産カメラと印画紙を発売しました。
一方、ミノルタの創業者である田嶋一雄は、欧州へ視察訪問した際に光学技術の可能性に魅了され、帰国後の1928年「日独写真機商店」を創設して国産カメラの製造に着手。翌1929年に1号機「ニフカレッテ」を発売しました。
コニカは1929年に初の自社生産の写真フィルム「さくらフィルム」を発売。その11年後の1940年には、待望の国産初のカラーフィルムを発表します。
さらに、目に見える世界をありのままに写すカメラ・写真フィルム事業から、目には見えないものを“みえる化”する事業にも挑んでいきます。1933年、コニカは、写真フィルムの技術を応用して医療用レントゲンフィルムを開発・発売し、医療画像診断の領域に参入しました。
1873
杉浦六三郎が「小西屋六兵衛店」で写真・石版材料の取り扱いを開始(後のコニカ株式会社創業)
1903
国産初のブランド付量産カメラ「チェリー手提用暗函」発売
POINT:当時のカメラとしては手頃な価格で販売され、これ以降カメラが一般の人の手に少し近づいていきました。
1928
田嶋一雄が「日独写真機商店」を創立、国産カメラの製造に着手
(後のミノルタ株式会社)
1929
ミノルタのカメラ1号機となる
国産カメラ「ニフカレッテ」発売
1933
自社開発・生産の
「さくらレントゲンフィルム」発売
POINT:ドイツでX線が発見されたわずか翌年にX線器械を国内に初輸入。それまで輸入品が当たり前とされていたX線フィルムで、海外製品と比べても遜色ない「さくらレントゲンフィルム」を開発、販売を開始しました。
1940
国産初のカラーフィルム
「さくら天然色フィルム」発売
POINT:1929年の初の自社生産フィルム「さくらフィルム」発売から11年後、1940年ついに国産初のカラーフィルム「さくら天然色フィルム」を発表しました。
Close Up
人類の夢をのせ宇宙へ ー グローバル企業へと歩み始める
ミノルタはカメラレンズの開発で培った光学技術を活かし、1958年に国産プラネタリウム1号機を完成させました。それは光に魅せられてミノルタを創業した田嶋一雄の夢の実現でもありました。
同じ頃、世界では超大国による宇宙開発競争が活発化。米国では、1958年に米航空宇宙局(NASA)が設立され、1961年に有人宇宙飛行に成功、1962年にはジョン・グレン飛行士が地球周回軌道を飛行し、宇宙から見た地球の撮影に成功します。その時使用したカメラが「ミノルタハイマチック」でした。この快挙は、世界における日本のカメラの評価を大きく変えました。その時のカメラは、米国ワシントンのスミソニアン博物館に永久所蔵品として展示されています。
さらに1968年、米国の宇宙船アポロ8号に「ミノルタスペースメーター」が搭載されました。これはNASAから、当時ミノルタが市販していた露出計「オートスポット1°」をアポロ計画向けに改良してほしいという依頼を受けて製造したもので、史上初の有人月面着陸を成し遂げたアポロ11号にも搭載されました。これが、のちのセンシング事業に発展していく起点の一つになりました。
一方、コニカも事業拡大に向け、1950年代に米国で事業拠点展開を進め、グローバル企業に向け歩み始めました。
1960~1979多くの“世界初”を創出。
OA時代のニーズに応え、
複写機事業を世界で拡大。

カメラが大衆化していく時代を迎え、両社は誰でも気軽に写真撮影を楽しむことができる製品を世に送り出します。「世界初のフラッシュ内蔵カメラ」や「世界初のオートフォーカスカメラ」など、数々の“世界初”機能を搭載した製品を発売しました。
それと同時に新たな事業へのチャレンジも続きます。カラーテレビ放送の開始にともない、ディスプレイ性能を測定するTVカラーアナライザーの開発に着手。この製品化を起点として、世界のディスプレイ評価測定におけるデファクトスタンダードの地位を確立していくことになりました。
ヘルスケアの領域では、動脈血中の酸素飽和度を採血することなく指先で測定できる「パルスオキシメータ」を1977年に世界で初めて発売。その後、小型化と高品質の追求を進め、40年以上を経て、新型コロナウイルス感染症患者の血中酸素飽和度の測定に活用されています。こうして、コニカ・ミノルタのブランドは日本から世界へと広がっていきました。
また、両社ともカメラで培った技術をもとに複写機の開発に着手。一般企業にコンピューターが普及しオフィスオートメーション(OA)が広がるなか、複写機事業を急速に進めていきました。複写機は両社の中でカメラ、フィルムに並ぶ主力製品に成長していきます。
当初、複写機は日本の商社を経て欧米など海外に輸出されていましたが、両社とも1950年代からカメラの販売等を行う現地法人を設立していたことが基盤となり、各地での販売拡大のために現地法人を設立し始めました。これが現在、世界の約150カ国で事業を展開しているグローバル化の本格的な出発点といえます。
1960
当社初の複写機、湿式ジアゾ複写機「ミノルタコピーマスター」発売
POINT:カメラで培った技術をもとに光学関連機器の開発に取り組み始めました。特に注力したのは複写機です。情報化社会の進展に伴って需要を伸ばしていきます。
1968
当社初のテレビ色彩調整分析器
「ミノルタ TVカラーアナライザー」発売
POINT:カラー放送黎明期、モニターの色調整に苦心していたテレビ局からの依頼がきっかけで開発。ここから当社の計測機器事業は産業用の分野に進出していきます。
1971
当社初の普通紙複写機
「U-BIX(ユービックス)480」発売
POINT:今日広く普及している、普通紙複写機の当社第1号機。生産が追いつかないほどの好評を博しました。
1975
世界初のフラッシュ内蔵カメラ
「コニカC35EF(ピッカリコニカ)」発売
POINT:「シャッターを押すだけでいつでも写真を撮りたい」そんな一般ユーザーのニーズを捉え、カメラ大衆化時代の到来を象徴する大ヒット商品となりました。
1977
世界初の指先測定型パルスオキシメータ「OXIMET MET-1471」発売
POINT:採血不要の指先で動脈血中に含まれる酸素量を測定するパルスオキシメータを世界で初めて発売。医療現場で幅広く使用されています。その後40年以上を経て、新型コロナウイルスの重症度チェックで大いに活用されました。
1977
世界初のオートフォーカスカメラ
「コニカC35AF(ジャスピンコニカ)」発売
POINT:ピンボケ解消を目指した技術開発によって生まれたのが、世界初のオートフォーカスカメラでした。シャッターを押すだけで自動的に焦点を合わせてくれるカメラの登場で、多くの人が鮮明な写真を撮影できるようになりました。
1980~2002デジタル化の波を受け、
新たな事業に挑戦しながら
世の中に革新をもたらす

1980年代に入り本格的なデジタル時代が到来すると、技術革新のスピードが加速していきます。1983年には、倍率を自由に変えられるズーム機能を世界で初めて搭載した複写機を生み出し、1990年には現在のオフィス用複合機の原点ともいえるデジタルフルカラー複写機を発売しました。
1995年にWindows95が登場すると、パソコンが一般の人々に広まり、インターネットや携帯電話などの情報通信技術が急速に普及。オフィスでの働き方にも大きな変化が生まれます。人々のコミュニケーションは時間や場所に縛られることがなくなり、その中で行き交う情報量は加速度的に増えていきました。コニカ、ミノルタの主力製品であった複写機もネットワークデバイスとなり、ドキュメントを入力するスキャン機能やFAX機能も統合したデジタル複合機に進化して、世界各地のお客様企業の業務プロセス革新に貢献。医療や印刷の分野でも、デジタル化の進展を見据えた歩みを続けます。
デジタル化の進展は人々の生活も大きく変えていきました。テレビは、ブラウン管テレビから液晶パネルを組み込んだ薄型テレビに進化。液晶パネルの必須部材である偏光板を保護するために、コニカが持つ写真フィルムの技術が活かせることから、2000年に液晶偏光板用TACフィルム事業を本格的に始動させました。祖業であるカメラ・写真フィルム事業においては、ミノルタが1985年に本格的なオートフォーカス機能を備えた一眼レフカメラ「α-7000」を発売し、世界的な大ヒット商品になりました。また、コニカも世界最高感度の写真フィルムを開発、販売しました。
1980
世界初の採血不要の黄疸計1号機を発売
POINT:かつて、新生児の黄疸検査には採血が必要でした。「子供たちが泣かずに検査を受けられるように」という思いで、採血不要の黄疸計を開発。国内では100%に迫る病院・診療所への普及を実現し、新生児医療に不可欠な存在となっています。
1983
世界初の倍率が無段階に選べるズーム複写機「EP450Z」発売
POINT:決まった倍率の拡大縮小しかできなかった複写機の操作性を大きく向上させました。使いやすさや機能的なデザインが評価され、世界的ヒット商品となりました。
1984
コンパクトディスク用超高精度非球面プラスチックレンズを開発
POINT:カメラで培ったレンズ技術を活かし、世界初のCDプレーヤー内蔵の非球面プラスチックレンズを開発。DVDプレーヤーや家庭用ゲーム機の拡大を背景に事業規模を拡大し、ピックアップレンズ分野で世界トップシェアを確立しました。
1985
本格的なオートフォーカス機能を備えた一眼レフカメラ「α-7000」発売
POINT:世界に先駆けて発売し各国で爆発的な売れ行きを記録したオートフォーカス一眼レフカメラ。これ以降、各社から次々とオートフォーカス一眼レフカメラが発売され「プロやマニアのためのカメラ」だった一眼レフが、「誰でも簡単にきれいな写真が撮れる万能カメラ」へ変わっていきます。
1987
簡易色校正システム
「Konsensus」発売
POINT:当時の印刷業界では色校正の簡素化が大きな課題でした。写真用カラーペーパー技術を活かして開発された簡易色校正機「Konsensus(コンセンサス)」は大きな反響を呼び、簡易校正を行うことを「コンセする」と言われるほど、業界に広く浸透していきます。
1987
世界最高感度フィルム
「GX3200(SR-V3200)」発売
1990
当社初のデジタルフルカラー複写機「CF70」発売
POINT:独自のレーザー強度変調システムにより、高画質を実現したフルカラーデジタル複写機を発売。同年、この技術で電子写真学会から技術賞を受賞しました。
1996
X線撮影検査装置「コニカダイレクトデジタイザREGIUS(レジウス)MODEL330」発売
POINT:X線画像診断において、X線フィルムを使わず直接画像をデジタル化し、ほぼリアルタイムでディスプレイ上に画像を表示させることができる医療用デジタル入力装置。この後継機によって、医療分野で一般的に行われるX線撮影のほぼ全ての画像をデジタル化して画像処理することを可能にしました。
1997
当社初のインクジェット捺染システム「コニカナッセンジャーKS-1600」発売
POINT:インクジェット市場の将来性を予測し開発を進めた、布地にインクジェットで捺染するプリントシステム。多品種・小ロット生産に迅速に対応できる次世代のシステムとして注目されました。
2000
液晶偏光板用TACフィルム事業を本格始動
POINT:パソコン、テレビ、携帯電話などの液晶ディスプレイの偏光板を保護するTACフィルム。薄さ・均一性において高く評価され、市場拡大とともに急成長を遂げていきます。
2000
「重合法トナー」の製造・販売を行う合弁会社「株式会社コニカミノルタサプライズ」設立
POINT:従来の粉砕トナーよりも高画質で省エネの重合法トナーを開発し、統合前のコニカ株式会社とミノルタ株式会社が立ち上げた合弁会社により量産を開始しました。これは両社の情報機器事業における業務提携の一環です。
2003~コニカミノルタの誕生、
新しい価値の創造へ

2003年8月、コニカとミノルタが経営統合し、コニカミノルタが誕生。当時、両社は複写機事業を発展させた情報機器事業(現在のデジタルワークプレイス事業とプロフェッショナルプリント事業)を中核事業にしており、業務提携などを通じて信頼を積み上げていました。2社の強みを融合し、競争力と企業価値を最大化することを目指し、同年10月には、グループ内の事業を再編・統合して持株会社と事業会社、共通機能会社による新体制をスタートさせました。
その後、2006年には祖業であるカメラ・写真フィルム事業から撤退するという厳しい経営判断を行う一方、成長する事業領域に経営資源を集中させ、トップポジションを確立するジャンルトップ戦略を推進しています。近年は、長年培ってきた“見えないものをみえる化する”独自のイメージング技術に、最新のAI・IoTを掛け合わせた「画像IoT技術」を軸に、社会や人々の課題を解決するソリューションサービスの提供を強化、2020年には画像IoTプラットフォーム「FORXAI(フォーサイ)」の提供を開始しました。
2003
コニカとミノルタが経営統合し
コニカミノルタ誕生
2004
初のプラネタリウム直営館を
池袋にオープン
POINT:世界初のプラネタリウムメーカー直営館として「サンシャインスターライトドーム“満天”(現 コニカミノルタプラネタリウム満天 in Sunshine City)」をオープン。2007年に来場者100万人を達成しました。
2006
祖業であるカメラ・写真フィルム事業から撤退
カメラ事業は、デジタル一眼レフの一部資産をソニー株式会社に譲渡の上、同年3月に終了。フォト事業は2007年9月に全ての営業活動を終了しました。両事業の経営資源を受け継ぎ、コニカミノルタは構造改革を進めていきます。
2009
長期的な視点に立った環境活動の指針「エコビジョン2050」策定
2015
マレーシアの工場で生産DXを
コンセプトとした生産体制稼働
2016
B2対応のインクジェットデジタル印刷機「AccurioJet(アキュリオジェット)KM-1」発売
POINT:商業印刷で待望されていた、オフセット印刷に匹敵する高画質で、幅広い印刷用紙に対応したB2インクジェットデジタル印刷機として発売。2018年に国立西洋美術館の美術全集の印刷機として採用されました。
2018
一般X線撮影装置で初めて動画撮影できるデジタルX線動態®の撮影システムを発売
POINT:臓器の実際の動きを観察できるX線動態®からは、静止画に比べて非常に多くの情報を得ることができるため、放射線科や呼吸器内科に留まらず、多様な診療科での活用が期待されています。
2020
画像IoTの力で現場のDXを加速させる
キードライバー「FORXAI」提供開始
POINT:当社の強みであるイメージング技術をベースに最新のIoT、AI技術を融合させた、社会のDXを加速させる画像IoTのキードライバー。このキードライバーを活かして、センサーデバイスで継続的に収集する画像を中心としたデータを画像AIで分析し、課題の“みえる化”を実現します。
2023
創業150周年を迎える
これからも人々と社会にイメージングで貢献するために、
私たちにできることは無限です。




